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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)131号・昭49年(ラ)141号 決定

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

(一)  抗告人甲野花子は、「原審判を取消し、相手方乙野月子、同丙野菊子、同甲野次郎(仮名)、同丁野松子(仮名)の本件申立を却下する」との裁判を求め、抗告人甲野太郎は、「原審判を取消し、本件を東京家庭裁判所に差戻す。」との裁判を求めた。

抗告人甲野花子の抗告理由は別紙(一)のとおりであり、抗告人甲野太郎の抗告理由は別紙(二)のとおりである。

(二)  抗告人甲野花子の抗告理由一および二について。

所論は、本件遺産の処理につき、昭和三二年一〇月二〇日に当事者間において協議が成立したことを骨子とする原審以来の主張をくり返すものであるが、右主張が採用できないものであることは、次に付加するほかは、原審がその審判書中「3本件遺産分割の対象」の項において認定したとおりである。

昭和三二年一〇月二〇日の協議は、原審に現われた資料によれば、亡甲野はな(仮名)の遺産をすべて抗告人甲野花子一人に取得させる旨の遺産分割の協議と解するのが相当である。そして遺産分割協議は、共同相続人相互間の多面的な合意であり、且それが相互に密接不可分のものであることは、その性質上当然であるばかりでなく、主観的な面においても、一部の相続人の態度が他の相続人の意思決定に重大な影響を持つものであることは、遺産分割の通例と言つてよい(本件もその例に洩れないことは記録の示すところである)から、一人の無効事由は遺産分割協議全部の無効を来たすものと解するのが相当であつて、原審がその判断の下に遺産分割の審判をなしたことは正当である。

同三 甲野桐子(仮名)の追認について

所論は、甲野桐子が前記昭和三二年一〇月二〇日の遺産分割協議を追認したと主張するものであるが、その理由とする(イ)(ロ)及び(ハ)の事実は、<証拠>に照し、これを認めることができない。

してみれば戍野萩子(仮名)の追認の有無にかかわらず、甲野桐子についての無効事由により、前記遺産分割協議は全部無効というほかはない。

同四について

所論は、共同相続人甲野桐子について相続回復請求権が時効によつて消滅したから、同人は昭和三二年一〇月二〇日の遺産分割協議の無効を主張して、あらためて遺産分割を求める権利がなく、結局右遺産分割協議の瑕疵は治癒されたと主張する。

然しながら元来相続回復請求権の消滅時効は、相続財産に関する法律関係を長期間浮動のままにしておくことは好ましくないという考えに立つものであるが、これは専ら相続人以外の第三者に対する関係、換言すれば、相続財産が共同相続人の支配から脱して第三者の手に移つた場合に要請されることであつて、公平に遺産分割をすべき共同相続人の間では妥当しない。一部の相続人が他の相続人を排して長期間相続財産の全部又は一部を支配しているからと言つて、その財産を遺産分割の対象から除外して遺産分割を実施し、結果的にその相続人の取得分を多くしなければならぬ理由は全く見当らないからである。民法第九〇七条『共同相続人は何時でもその協議で遺産を分割することができる』旨の規定は右の趣旨にそつて解釈すべきである。してみれば民法第八八四条の相続回復請求権に関する規定は相続人以外の者に対する請求権を規定したものであつて、共同相続人間の遺産分割とは異る面を律するものであり、遺産分割請求権は時効によつて消滅しないと解すべきである。

されば所論は、爾余の点について審理するまでもなく、これを採用することができない。

同五について

所論は本件遺産分割申立が権利の濫用に当るというが、遺産分割の協議に甲野桐子の無権代理人甲野太郎が関与したためそれが無効に帰した以上、あらためて遺産分割を実施しなければならないのであつて、甲野桐子でなければその申立をできない理由はないし、相手方らが甲野太郎を桐子の代理人とすることを了解していたからと言つて、遺産分割申立が権利の濫用となるいわれはない。又その他の主張事実によつては本件遺産分割申立を権利の濫用と認めるには足りない。

(三)  抗告人甲野太郎の抗告理由1ないし3について、

所論は、原審判添付の別表A市BO番地宅地333.88m2は、戦前抗告人の父亡一郎(仮名)がPに贈与したものであるから、相続財産に属しないのに、これを無視して遺産分割の対象として抗告人に配分したのは不当であるというのであるが、相続財産管理人信部高雄の昭和四四年一一月一八日付報告書によれば、Pは右贈与を受けることを謝絶したため、結局贈与が成立せず、従つて前記土地は相続財産に属することが認められる。

次に所論は、原審判添付別表及びの土地と又はの土地との交換を望み、それが容れられないときは、の土地を相手方の誰かに帰属させ、その代償として信部高雄保管の保管金のうち一二〇二万円の交付を受けるかまたは相手方に分割されたいずれかの土地の分割を求め更に抗告人が金三〇〇万円を出捐する代りに同表の建物の取得を望んでいる。

然しながら、抗告人主張の通り分割しなければ、公平妥当を欠くと認めるべき資料はなく、却つて記録によれば原審判は諸般の事情を考慮し、公平妥当に分割したものと認められるので所論はいずれも理由がない。

同4について

相続人の一人が遺産分割前相続財産の一部をほしいままに他に売却した場合、遺産分割に当り、他の相続人の追認の意思の有無等諸般の事情を考慮し、相当と認めるときは、売却をした相続人がその財産の前渡しをうけたものと同視して遺産分割を実施することができると解すべきである。そしてこの場合その前渡分の評価は公平の見地から分割後の時価を基準とすべきであるから、これと異なり、当該相続人の処分価格を基準とすることに帰着する所論は採用できない。

(四)  以上のとおり、本件抗告はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、抗告費用を抗告人らの負担としたうえ、主文のとおり決定する。

(室伏壮一郎 小木曾競 横山長)

別紙(一)抗告理由

一、協議書(甲第一号証)作成の経過

亡甲野はなは男系の推定相続人甲野太郎、甲野次郎の素行が悪く、甲野家の財産を散逸する虞が多分にあり、一方甲野家には入院中の甲野桐子があり、又未婚の女性が三人(戍野萩子、甲野風子(仮名)、甲野花子)もいたので、その世話や生活もあり、甲野家の将来を憂え、昭和二九年頃、あらかじめ長女の乙野月子及びその夫三郎(仮名)と相談した結果、甲野家の後継ぎに甲野花子を決め、甲野花子がはなの遺産全部を相続するよう他の相続人を説得することとなつた。

そこで甲野はな、乙野三郎夫妻は昭和三〇年頃C区D○の○の○○甲野家に甲野桐子、戍野萩子を除く推定相続人七名を集め、前記甲野はなの意向を伝え相続人の意見を徴したところ、出席者全員賛意を表明した。

甲野はな死亡後、乙野夫妻は亡はなの意思を実現し将来の紛争を避ける為、前記生前の協議事項を文書化することを決め、昭和三二年一〇月二〇日相続人七名(甲野桐子、戍野萩子、は欠席)が甲野家に集合し、立会人として甲野家の財産管理人であつたQ夫妻の立会を求め文書化したものが本件協議書である。その際甲野桐子、戍野萩子は欠席の為出席者全員の承認を得て甲野桐子は甲野太郎が代理し、戍野萩子は乙野月子が代理して全員署名指印し、立会人Qも署名指印し本件協議書が作成されたものである。右処理は前記の如く乙野夫妻が卒先し協議書を作成したもので抗告人は飽迄も姉達の意向に従つたまでであつた。

二、協議書の内容とその問題点

協議書の要趣は、1亡はなの遺産は全部花子に無償譲渡する。2、本家の税金及び生活費一切は花子が負担すると規定する。この趣旨を遺産分割協議とみるか相続分の譲渡とみるか問題である。しかし法定の相続放棄期間を徒過した場合、それと同様の実質的効果を挙げる為相続財産を相続人の一人に帰属させる為自己の相続分を遺産の分割に先立つて特定の共同相続人の一人に無償で譲渡する意思表示を無効視する理由はない(遺産分割の研究判例タイムズ社一七八頁)。又協議書の内容は全員が集合し、全員の合意が得られなければ成立し得ないものでもなくたとえ一人に無効事由があつても他の意思表示の効果がそれによつて影響を受ける性質のものではない。この点につき原審判は「合意の趣旨は相続人九名全員がその相互関連の中で……各自の相続分を他の相続人と無関係に相手方に無償譲渡したものとは解し得ない」と判示し、抗告人の主張を排斥するけれども、右相互関連の趣旨が判然としないのみならず仮に相互関連があるとしてもそれは単に意思表示の動機であつて一人の無効事由を他の法律行為に及ぼさせる程緊密な相互関連ではない。

法律行為の解釈として一旦為された法律行為は成る可く有効に解釈すべきであり、抗告人主張のように抗告人と他の相続人間の個別的財産譲渡契約だと解しても不都合な点はなく又他の相続人に不利益を科するわけでもなく、期待に反することでもない。そうだとすれば本件協議書全部を敢えて無効にする理由はない。

三、甲野桐子、戊野萩子の本件協議書の追認

本件協議書は甲野桐子の代理人として甲野太郎が関与し、戊野萩子の代理人として乙野月子が関与していることは争がない。

(1) 甲野桐子の協議書追認

甲野桐子は本件協議書作成当時根岸国立病院に入院中であつたものであるが、甲野桐子は本件協議書が、甲野太郎を代理人として作成されたこと及びその内容を知り抗告人甲野花子に対し追認していたものである。その事情は左のとおりである。

(イ) 抗告人甲野花子は本件協議書作成直前昭和三二年九月頃根岸国立病院に甲野桐子を訪れた際(甲野花子は甲野桐子の入院費支払見舞を兼ね毎月一回根岸国立病院を訪れていた)抗告人甲野花子は甲野桐子に対し自分が相続人全員の意向で甲野家を継ぎ母の遺産全部を取得するようになる旨話し、甲野桐子の意見を徴したところ、異存なき旨返答した。

その後本件協議書が作成された後である昭和三二年一一月頃前記病院を訪れ抗告人甲野花子は甲野桐子に対し本件協議書の内容をつぶさに話し、甲野桐子の代理人として甲野太郎が代理人として署名指印したことを話しその了解を得ているものである。

又甲野太郎も本件協議書作成後甲野桐子に対し本件協議書の内容を話し追認を得ているものである。

(ロ) 甲野桐子は昭和三三年春頃、甲野家を訪ねた際偶々来所したQ'(協議書作成の立会人の妻)に対し、母はなの遺産は相続人の協議によつて花子が全部取得するようになつたことを話し且協議書作成の時の模様をQ'に質したので、Q'はその状況を話したことがあり、その場には甲野風子、抗告人甲野花子も居合せた。

又その際甲野風子は甲野桐子に対し本件協議書の内容を話し、甲野桐子の代理人として甲野太郎が指印したことも話した。甲野桐子は協議内容に賛成し、退院したら甲野家に遠慮なく帰れることを喜んでいたのである。

(ハ) 甲野桐子は前記甲野花子、甲野風子の協議書の説明を納得したが、昭和三四年頃甲野家を訪れた際甲野風子に対し、協議書の実物の閲覧を希望したので甲野風子は当時協議書を保管していたQに電話連絡し協議書を甲野家に持参して貰い、それを甲野桐子に見せた。

甲野桐子は前に甲野花子、甲野風子が説明した通りなので安心納得し、それ以後甲野桐子は本件協議書の話をすることはなくなつたのである。

右(イ)、(ロ)、(ハ)の事実関係の疎明書類は追而提出する。

(2) 戌野萩子の協議書追認

本件協議書作成につき戌野萩子は乙野月子が代理したものであるが、戌野萩子は昭和四四年五月一八日協議書を追認していることは記録上明らかである。

四、相続回復請求権の時効と遺産分割申立権

甲野桐子は前記のように甲野花子から昭和三二年一一月頃本件協議書の内容を聞き知つていたものである。

仮りにそうでないとしても遅くとも昭和三三年末までには本件協議書の内容を知つていたものである。そして甲野桐子はこれを認めたのであるから前記主張のように無権代理の追認があつたと確信するが、仮りにそうでないとしても、甲野桐子が協議書の内容を知つた時点をもつて自己の相続権を侵害された事実を知つたときと目すべきであるからそのときから甲野桐子の相続回復請求権の時効は進行し、民法第八八四条前段の規定により遅くとも昭和三八年末頃には五年の消滅時効が完成すると言うべきである。

そうだとすれば代理権の欠缺の瑕疵は治癒され、適法な遺産分割協議は終了しているから被抗告人らに遺産分割の申立権は無いというべきである(大阪高判昭37.11.17・高民一五・八・五九九)

五、遺産分割請求権と権利濫用

原審判は甲野桐子を代理した甲野太郎の代理権欠缺を理由として本件協議書全部を無効にする。しかし甲野太郎を代理人に選任したのは被抗告人らも含め出席相続人全員了解していたものである。又本件協議書作成は被抗告人乙野月子の発議によるものであり、一方抗告人甲野花子は本件協議書の内容に従い永年甲野家の墓守り、近所付合い、財産の管理、甲野桐子の面倒をみ、その為に婚期も逸したものである。このような場合甲野桐子の代理権に欠缺ありとしても、それを理由に自ら認容し作出した無効事由を被抗告人らに於て主張することは信義誠実の原則上権利濫用というべきである。尤も甲野桐子の代理権欠缺が他の相続人の取分に当然影響交錯し、遺産の分割協議が維持できない場合があり得よう(遺産持分の交換が行われる場合)。

しかし本件に於ては遺産分割協議の特性である交換的要素がなく、前記のように実質的に相続分の放棄と解し得る余地があり、このような事案の場合他の相続人の意思表示の瑕疵を理由として自ら遺産分割の申立をすることは権利濫用というべきである。

別紙(二)省略>

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